「建物が街を変える」という発想との出合い
最初に勤務した不動産会社を退職したあと、人材会社の紹介を経て入社したのは、設立からわずか5年ほどの若い不動産ベンチャー企業でした。
社長は当時35歳。年齢以上に、はっきりとした高い理想と明確なビジョンを持つ人物でした。当時のその会社は、資金づくりや事業基盤の確立として不動産の買取再販事業を中心に展開しており、さまざまな物件を取り扱っていました。しかし、社長自身が本当に目指していたのは、目先の短期的な売却益を追うだけの不動産取引ではありませんでした。彼が追求していたのは、「時間とともに価値が上がり続ける建物をつくる」という挑戦だったのです。
「価値が育つ建物が増えれば、街の景観や雰囲気が変わる。街が変われば、その地域全体が豊かになり、経済的・文化的価値が高まる」。
彼はこの壮大な考え方を、特別なことではなくごく自然な言葉で語っていました。当時、会社としての組織規模はまだ小さかったものの、オフィス空間だけは彼が掲げる理想を先取りしたような、美しく洗練されたデザインで整えられていました。「この場所で働き、思考すること自体が、会社の思想そのものなのだ」と感じさせる不思議な説得力がありました。
この社長との出合いを通じて、わたしは不動産業界においても「同じ不動産であっても、適切な付加価値を付ければ、その価値を2倍、3倍へと最大化させることができる」という現実を具体的に知ることになりました。そして何より、その考え方に深く共感したのです。
物件の持つ潜在的な価値を見抜き、意味を設計し、時間を味方につけて評価を高めていく――。そのアプローチは、わたしが六本木でフラワーショップを営んでいた頃から一貫して行ってきた「高粗利で豪華に見え、心から喜ばれる価値の最大化」と本質的にまったく同じだったからです。「付加価値をつける」という自身の強みは、不動産という大きな金額が動く世界であっても確実に活かせる。そのことを具体的に認識できたことで、わたしの中で進むべき道がはっきりと見えました。
単なる物件の紹介や売買仲介にとどまらず、付加価値をつけて価値が上がり続ける不動産へと導く唯一無二のコンサルティング。その独自のスタイルを確立することができたのが、2016年のことでした。あれから10年が経過した現在も、わたしは当時出合いましたこの会社と顧問という形で関わり続けています。それは、あのとき抱いた強い共感が、いまもなお変わらずに息づいている証でもあるのです。
