「無知は罪」という痛感から不動産の世界へ
子育てをしながらフラワーショップの事業を続ける日々は、それまで時間や思考をビジネスのみに集中できていた頃とは大きく変わりました。
子育てそのものがあまりにも楽しく、気持ちが自然とそちらに向かう一方で、ビジネスに割ける時間は減り、思うように進まないことも増えていきました。経営をひとりで持続していくことの難しさを、はじめて現実として感じるようになったのです。
加えて、店舗時代に借りていた資金の返済も残っており、資金繰りの面でも常に緊張感を抱えていました。今後事業を継続し、さらに拡大していくには、ひとりで抱え込むのではなく、ともに事業を育てていけるパートナーの存在が必要だと考えるようになりました。
そこで信頼できる相手を探し始めます。
そんな折、知人の紹介で出会った人物が事業に興味を示してくれました。住まいも近く、子育てという大切な時期への理解もあり、寛容に受け止めてくれる姿勢に安心感を覚えました。このように、事業は売却、わたしは個人としてパートナー契約を結ぶという形で、話が進んでいったのです。
ところが結果的に、その相手に騙されてしまいます。
契約書の内容を十分に理解しきれず、悪意のある条項を見抜くことができなかったのです。これは、誰かのせいではなく、完全にわたし自身の無知が招いた結果でした。
そのとき、深い後悔と同時に、ひとつの現実を突きつけられました。
無知は、罪になる。知らなかったでは済まされない世界が、確実に存在する。
この出来事は、わたしの人生における大きな転換点となりました。
自分の世間知らずさを痛感したわたしは、そこから本格的に、不動産や金融の勉強を始めました。
理由は明確でした。子どもが男の子だったからです。
将来、社会に出たときに、知らないことで不利にならないように、世の中のリスクを家庭の中で自然に教えられる母でありたい。そう強く思ったのです。
「無知な母親ではいけない」という想いは、子どもを守るためであると同時に、自分自身を守るためでもありました。
この出来事をきっかけに、金融リテラシーや法律など、生きていくうえで不可欠な知識を一つひとつ学び始めます。
その延長線上にあったのが、不動産というビジネスでした。
じつは、六本木に身を置いていた頃から、周囲の経営者たちが口にしていた言葉があります。
「不動産は、一件決まれば数百万円、数億円単位になる」というものです。
すべてを一度失ったことで、逆に言えば、何にでも挑戦できる状態にあったとも言えます。
子育てを最優先にしたい時期でした。
もし単価の高いビジネスであれば、年に一度でも契約を成立させることができれば、時間に余裕を持ちながら子育てと仕事を両立できるかもしれない。
いま振り返れば、とてもシンプルな発想でした。
このようにしてわたしは、不動産の世界に足を踏み入れることになります。
当時、不動産業界における女性の存在はまだ少なく、珍しいものでしたが、そのこと自体が、わたしの背中を押してくれました。知らない業界でも、「知らないからできない」のではなく、「知れば、選択肢は増える」。その実感こそが、わたしを不動産の道へと導いた最大の理由だったのです。
